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大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)816号 判決

控訴人 林鐘二郎

被控訴人 丹後海陸交通株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人が被控訴人所有の京都府宮津市字大垣小字上山一番地の一雑種地一反二畝一四歩の土地内において営業としてなす写真の撮影行為を妨害してはならない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は、以下に補充する外、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

控訴代理人は「自然公園法によると、民有地の所有者に対し、その土地を国定公園の地域の一部に編入する承諾をなさせ、右編入土地に公園計画を実施した場合であると或は知事が民有地の所有者に対しその提供土地の部分に公園計画を実施することを許可し、その所有者においてこれを実施したる場合であるとを問わず、国定公園内の計画実施地の全地域は公有民有の区別なく一体として知事の支配管理下に統一され、その管理につき民有地の所有者の容喙は許されず、総て一般国民の前に平等に開放せられることをその眼目としているところである。従つて私人の提供土地及び施設物であつても、これにつき公園の管理者である知事がその支配管理権を有し、私人はこれに対し何等の権限を有しないものといわねばならない。されば既に述べたように本件土地が、被控訴会社自ら進んで京都府知事の認可の下に公園事業の一部執行として本件土地を公園地広場として一般に開放し、若狭湾国定公園の特別地域に編入されている以上は、右土地の管理権は京都府知事に属するから、その所有者である被控訴人は所有権を理由としては、控訴人が右土地において営業としてなす写真の撮影行為を禁止できる筈はない。」と述べ、

被控訴代理人は「(一)原判決四枚目裏七行目の「公園に編入して」とあるを「公園事業用地に編入して」と改め、同五枚目表一行目の「認められているもの」と同二行目の「ではない」の間に「であつて、如何なる意味においても知事の管理下に置かれているもの」を加える。(二)原審でも述べたとおり国定公園の特別地域内にある私有地の所有者は自然公園法第一七条第三項に定める行為につき制限を受けることは勿論であるが、同法には私有地の所有者に対し公園事業の施行者のなす事業の執行を認容、甘受すべきことを命じた規定は存在しないから前記第一七条第三項に定める事項以外に所有権の制限を受けるものではない。自然公園法に基き一般の利用に開放されるのは、公園事業の執行としてなされた施設すなわち同法施行令第四条に定める道路、橋、広場、園地、宿舎等、休憩所、展望施設、案内所、各種のスポーツ施設、車庫、駐車場、運輸施設、各種の衛生施設その他の施設であつて、私有地にあつては、その所有者が知事の認可を受けて公園事業の一部の執行としてこれらの施設をした場合に始めてこれを一般に開放する義務を負担するに過ぎないものである。従つて国定公園の特別地域内にその所有地が存するという一事で、その所有者はこれを観光客等一般大衆の利用のため開放しなければならないものではない。さればこそ、私有地が一般の利用に供されないことにより公園事業の計画に支障を来す場合のために土地収用法は自然公園事業の執行に関し土地を収用、使用しうる旨を定めているのである。(三)ところで本件土地及びその周辺の土地に存在する被控訴人の経営に係る鋼索鉄道、広場、展望台等の諸施設は、被控訴人が公園事業の一部の執行として設置したものではなく、自然公園法が施行された昭和三二年一〇月一日以前に既に設置され、同法第一七条第三項但書によつて存置が当然許容されていたものである(旧国立公園法による若狭湾国定公園の指定は昭和三〇年六月一日であり、本件土地が特別地域に指定されたのは昭和三二年一〇月一日である。)。従つて、本件土地部分が公園事業の一部の執行としてなされた施設でない以上、その開放を同法により被控訴人が義務づけられるいわれはない。もつとも被控訴人は右土地及びその周辺に存する諸施設を一般観光客の利用に供しているがそれは被控訴人の自由な意思に基くものであつて、これにより被控訴人は任意に国定公園計画に協力しているに過ぎないのである。」と述べた〈証拠省略〉

理由

被控訴人がその所有の本件土地に接続する土地内に鋼索鉄道、観光施設を設け、バス船舶と相俟つて観光客の輸送をその営業としていること、本件土地が、若狭湾国定公園の区域内の特別地域に属し、天の橋立を俯観しうる景勝地であつて、風光の探勝を目的とする一般観光客のため開放されていること、被控訴人が昭和三一年九月以降右土地内において控訴人が業として写真撮影の行為をすることを禁止していることは当事者間に争がない。

控訴人は本件土地は国定公園の特別地域内の公園敷地であり、且つ公園事業の執行としてなされた施設であるから、右土地の管理権は公園の管理者である知事に属し所有者である被控訴人には何等の権限がないから、右土地での控訴人の写真撮影業を禁止する権原はない旨主張する。

国定公園は自然公園法に定める「すぐれた自然の風景地を保護するとともにその利用の増進を図りもつて国民の保健、休養及び教化に資する目的」達成のため厚生大臣の指定により設置される自然公園の一種であるが、営造物公園(例えば都市公園)のように設置者がその物の上に権原を取得し公物として一般の利用に供するものではなく、その目的達成に必要な限度において、その区域内における一定の行為を禁止、制限することを立前とするいわゆる地域制の公園であつて設置者がその地域内の土地全般につきこれを排他的に管理するの権利を有することを要件としないものである。従つて或る地域が国定公園の区域に指定されるということは、その区域内に含まれる私有地について自然公園法に定める一定の公用制限を課せられるということを意味するものというべきところ、同法によると、公園の風景の維持のためにこれに支障を及ぼす恐れのある行為を禁止、制限する趣旨でその区域の風景価値の優劣に従い特別地域と普通地域に区分し、更に特別地域内に特別保護地区を設け、それぞれその区分に応じて公用制限に緩厳の差等を設け、各地域内において一定の行為を禁止制限し(同法第一七条、第一八条、第二〇条参照)、又公園の利用の適正を図るため、特別地域及び集団施設地区(公園の利用のための施設を集団的に整備するため指定される地区)においては、何人に対しても、利用者に著しく不快の念を起させるような方法でする汚廃物の廃棄放置、及び利用者に著しく迷惑をかけるような一切の行為をすることを禁止する(同法第二四条)外、知事に許可等の処分をするために必要があるときはその必要な限度において公園区域内の他人の土地建物に立入検査する権能を附与している(同法第二二条第二項参照)から、右各地域内の私有地の所有者はそれぞれ前示の公用制限に服しなければならないことは勿論であるが、公園の区域内の特定の地域においては、一般的に私有地の管理権を事業執行者である都道府県に帰属せしめるとか、或は私有地の所有者にその土地につき執行者のなす公園事業の施行を受忍しなければならない義務を課する旨の規定は存在しない(但し自然公園法第三二条第五項により土地所有者等が国定公園の指定、公園計画の決定又は公園事業の決定若しくは執行に関する実地調査のための立入、障害物の除去等の行為を受忍しなければならない場合のあることは格別である。)のみならず、先に見た国定公園の立前から推して、一般公衆の使用に供されるのは、公園事業の執行により生じた施設すなわち同法施行令第四条第一号ないし第九号に定める道路、橋、広場、園地、宿舎、休憩所、展望施設などの利用のための諸施設だけであるから、一般私人は、知事の認可を受けてその所有地につき公園事業の一部の執行としてこれらの施設をした場合でなければその施設を一般大衆の使用に供する義務を負うものではないのである(同法第一五条、同法施行令第八条参照)。そうだとすると、被控訴人所有の本件土地が若狭湾国定公園の特別地域内に存するという事実だけから、前示公用制限を課せられる事項を除いては、被控訴人の所有権に基く右土地の管理支配の権能が制限される筋合はないし、被控訴人が右土地を一般大衆の利用に供する義務を負担するに至るものでないこと勿論である。

そこで本件土地が控訴人主張のように京都府知事の認可を受け公園事業の執行としてなした施設であるかどうかの点について考えるに、原審における検証の結果によると、本件土地は被控訴人が経営する鋼索鉄道の傘松駅構内の東側に位置する展望所であることが認められるところ、被控訴人が右土地を公園地として国に提供したとか、右土地が京都府知事の認可を得て、被控訴人において公園事業の執行の一つとして設置した施設たる広場であると認められるような証拠は何もなく、かえつて、右土地及びその附近の鋼索鉄道、駅等の諸施設は被控訴人において設置経営しているとの当事者間に争のない事実に、若狭湾国定公園は旧国立公園法により昭和三〇年六月一日国立公園に準ずる区域に指定され(昭和三〇年六月一日厚生省告示第一六五号)、昭和三二年一〇月一日自然公園法の施行の結果同法により国定公園とみなされ且つ同法執行と同時にその公園区域が特別地域に指定され(昭和三二年一〇月一日厚生省告示第三二二号)たものであること及び原審での控訴本人尋問の結果により認められる昭和三一年当時本件土地が展望所として既に存在していたことをかれこれ総合して考察すると、右土地及びその附近の傘松駅等の施設は自然公園法第一七条第四項により既存の施設として存置を認められたものであることを推認するに難くはないから、右土地が公園事業の執行により生じた施設ではないとしなければならない。ところで公園事業の執行としてなされた利用のための施設は、これを一般大衆の利用に供さねばならないことは前叙のとおりであるが、本件土地が公園事業の執行により生じた施設でない以上利用のための施設として被控訴人がこれを一般大衆の利用に供しなければならない義務のないのは勿論である。

そうだとすると、被控訴人は本件土地の所有者としてこれを一般大衆の利用に供すると否との自由を有するものであり、本件土地が前叙の通り一般観光客の観光の目的でする使用に開放されているのは被控訴人の自由意思により実施されているものというべきである。ところで営業として写真の撮影行為(たとえそれが控訴人が営業上附添つた特定観光団体のみを対象とするものであるとしても)をする目的での土地の立入は観光目的のための土地の立入と同視できないから、右営業目的の立入を以て被控訴人が一般に許容していたものと見ることは無理であるし、又成立に争のない甲第七号証の二と前記控訴本人尋問の結果によると控訴人が京都府立傘松公園地につき営業として写真の撮影行為をすることの許可を得ていることがうかがえるが、右許可は京都府立傘松公園の区域内に限られたものであつて、その効力が被控訴人の所有地である本件土地にまで及ぶものではないから、控訴人は被控訴人の承諾がない限り本件土地において営業として写真の撮影行為をなす権利を有しないものというべく、従つて被控訴人は右土地の所有権に基き控訴人が無断で営業として写真の撮影行為をする目的で右土地に立入るのを正当に拒否することができるものといわねばならない。

次に被控訴人の控訴人に対する本件土地における前示写真の撮影行為禁止は権利の乱用であるとの控訴人の主張について考える。成立に争のない甲第四号証と前記控訴本人尋問の結果の一部によると、被控訴人は、本件土地が撮影に好適でしかも狭隘な地域であり、既に栗田某に写真撮影の営業を許している関係から、控訴人に重ねて同種の営業を許すことになれば(たとえそれが附添観光客の撮影依頼のみに応ずる場合であつても)近来素人写真の普及に伴う客の減少から自然その間に摩擦を惹起し、ひいては被控訴人の本件土地の円満な使用収益に支障を来すことをおそれて、前叙のとおり、控訴人の本件土地において営業として写真の撮影行為をするのを禁止したものであることが認められるから被控訴人の右措置を以て土地の所有者としての正当な権利行使の範囲を逸脱したものとなし得ないし、他に被控訴人が何等か不当の目的のため控訴人の右土地における写真撮影の営業行為を禁止しているとの証拠もないからこの点の控訴人の主張も採用できない。

そうだとすると、控訴人は本件土地の所有者たる被控訴人の承諾がない限り本件土地に立入り営業として写真の撮影行為をするためにこれを使用する権利を有しないこと明らかであるから、控訴人の本件申請は理由がない。

よつて控訴人の本件申請を却下した原判決は結局相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石井末一 小西勝 中島孝信)

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